イーハトーヴの小さなCafe

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源義経、潮騒のメモリー

世界遺産である岩手県・奥州平泉で31歳の若さで自害した源義経

…と、ここまでは日本史の歴史上のお話である。

しかし、平泉から北の地には、義経の足跡が伝説として残っている。

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源義経北行伝説

ルートを辿ると、「平泉」から「遠野」「釜石」「宮古」へと渡り、三陸海岸を北上し、「久慈」へと到着する。

その後、義経一行は船に乗り換え、青森県八戸市の種差海岸に上陸した。

ここで落ち着いた義経一行は、八戸市内に7年間もの間、暮らすのだった…。

やがて、北の方(正妻)が亡くなり弁慶とともに八戸を発った義経一行は「三沢」「上北」「青森」と内地を通り、津軽半島の「三厩」へと進み、やがて津軽海峡を渡り北海道へと向かう。

これが、源義経北行伝説』です。

今では、そこには鉄道の線路がある!

三陸鉄道」「JR八戸線」「青い森鉄道」、そして「北海道新幹線」…

義経が北へと向かった航路を線路で繋いでいるのでした。

義経一行が、北を目指して北上するというロマンあふれる伝説は800年もの間、語り継がれ、青森県八戸市がこの義経伝説の中で唯一の長期(7年間)滞在地なのです。

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三陸鉄道

『北三陸』は、源義経が弁慶や静御前を従え、北を目指して北上した場所なのだ。

今では、そこに「三陸鉄道」の線路がある。

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潮騒のメモリー潮騒のメモリー

義経一行が、北を目指して北三陸を北上するというロマンあふれる伝説は、朝ドラ『あまちゃん』の名曲「潮騒のメモリー」の歌詞と同じ意味を持つかもしれない。